廻るピッツァの星 -A Story of Seven Ornaments-

天動説が公認されている異世界を舞台にした、オリジナル小説を綴るブログです。

序:鉄籠のタルマ 09/16



○ダドック市・市街

マゼルとタリムとゼイラ、それにポー博士の四人は、マイロン市から三日をかけて馬車に揺られ、ダドック市へとやってきました。
ダドック市はマルゲリタの政治、経済、信仰の中核を担う、マイロンなどとは比べ物にならないほど大きな都市です。
マルゲリタ王の棲む、立派なお城もあります。

マゼルとタリムとゼイラの三人は、あの日ルードン大博士と面会をした後、久しぶりに帰宅を許されました。
そして各々の家で一泊だけすると、もう次の日の朝早くには、市長に用意されたダドック行きの馬車に乗り込んでいたのでした。
(ミゼルだけはもう一晩、マイロン中央会議所に泊まらされました。ミゼルがお家に帰ったのはその次の日となり、従って兄のマゼルとは顔を合わしていません)
そしてその三人には、あのポー博士が付き添い人として同行していたのでした。

マゼルとタリムとゼイラの三人は、ダドックを訪れるのは初めてです。
ダドックの市街に入ると、三人はこれまで見たこともないほど多くの人々が行きかう石畳の通りや、高い高い建物、それに大きな商店、市場などに目を奪われました。
街に溢れる活気が、マイロンのそれとはまるで違っています。
タリムなど大きな書店の前を馬車が通ると、幌から身を乗り出して覗き込もうとしていました。

「やっぱりダドックはすごいなぁ」
「あ!あれ、王様直属の護衛兵だよ、カッコいい!」
「本当だ、立派だねぇ。おーい!」
「キョロキョロするな、田舎者め」

はしゃぐマゼルとゼイラを、ポー博士が咎めました。

「……だって僕ら、田舎から来たんだもの」
「ポー博士はダドックに来たことは?」
「学生の頃はダドックの学校で学んだものさ。もう十年以上も前の話だがな」

タリムの問いに、この旅で初めて、ポー博士は自分のことを口にしました。
ポー博士は相変わらず瘠せてギョロギョロした形相をしていて、道中、子供達とは殆ど口をきくことはありませんでした。

「……ただ私も、ルードン大博士の研究所へ行くのは初めてだがな」

ポー博士は、夜のように暗い陰をその顔に落としました。
研究職にある者にとって、かのルードン大博士の研究所へ赴く行くということは、この上なく名誉なことなのです。
しかし、この懐疑主義的な博士にとって、それは大した意味をなさないのでした。
ポー博士の人生の願いとは、何も問題ごとのない平穏な日々を過ごし、それを死ぬまで静かに持続させる事なのでした。
生きる上での刺激などは一切求めず、出世願望や名誉欲とも全く無縁の男なのです。
従って、市長から仰せつかったこの三人の付き添い役も、ポー博士にとってみれば迷惑以外の何事でもないのでした。

「はぁ……」

ポー博士の淀んだ溜息よそに、三人の子供はダドックの街並みに興奮しきりです。
しかし、三人とポー博士は、何もダドックに観光をしにきたわけではありません。
馬車はそのまま賑やかな市街地を抜け、じょじょに寂しい森の中へと入っていきました。

「それにしても……」

幌の外から覗く木叢を見て、マゼルは思い出したように静かに呟きました。

「僕らは一体、何をやらされるのだろうねぇ」

○ダドック市・ルドニア研究所

ダドック郊外の深い森の奥に、ルードン大博士の研究施設“ルドニア研究所”はありました。
よほど厳重に警備されているのか、城壁のような大きな石壁がグルッと建物を取り囲むように立ち並び、外から中の様子は全く伺い知れません。

馬車は警備兵のいる正面の大きな木製の扉の前に着きました。
馬車の乗り手が警備兵に何やら書状を渡し、一つ二つ言葉を交わすと、閉ざされた扉は開け放たれ、馬車はいよいよ研究所の敷地内へと入っていきました。

 ×      ×      ×

ルドニア研究所は古い煉瓦造りの、これもまるでお城のように立派な建物でした。
四人は馬車を降りると、白衣を着た研究所の人に、その建物内へといざなわれました。
研究所の中はとても広く、図書館のように整然と本棚が立ち並ぶ部屋や、多くの植物や鉱物の標本が並ぶ部屋、また、使い道のよく分からない実験器具や薬瓶がガタガタと詰まれた部屋などが幾つもあったのでした。
ある部屋などでは、累々たる動物の剥製が所狭しと並べられており、やはりミゼルは来なくて良かったとマゼルは思いました。

冷たい石壁に包まれた螺旋状の階段を上り、ルードン大博士のいる最上階の部屋の前まで連れてこられると、四人は身だしなみを整えるようにと告げられました。
四人はしゃんと背筋の伸ばし、ポー博士は洋服の皺を伸ばしたり、髪を撫でたりしました。

「用意はよろしいですね、では」

研究所の人は、重厚な漆黒の木製ドアをコンコンとノックしました。

「うむ」

聞き覚えのある、このドアに負けないほどの重厚な声が、扉の向こうで鳴りました。
その声は何度聞いても、子供達の胸をドクンと波打たせるのでした。

【つづく】

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  1. 2008/07/04(金) 00:29:40|
  2. 序:鉄籠のタルマ
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序:登場人物紹介

序章「鉄籠のタルマ」も折り返しに来たので、ここで簡単に登場人物紹介を。


マゼル:
本編の主人公。ミゼルの双子の兄。正義感が強く、家族思いの少年。10歳。


ミゼル:
マゼルの双子の妹。乱れ易く傷みやすき、澄んだ心を持つ少女。生粋のベジタリアン。10歳。


ルードン大博士:
かつてよりマルゲリタに君臨する、年齢不詳の大博士。マルゲリタ王よりも強い権力を持つと言われる。


タリム:
マゼルとミゼルのクラスメイト。学者であった父(すでに他界)の影響で、特に天文に関して深い知識と鋭い閃きを持つ。10歳。


ゼイラ:
マゼルとミゼルより一つ年上の少年。体躯の良い、気の優しい力持ち。11歳。


マゼルとミゼルの父:
かつては名うての漁師であったが、現在は足の怪我により一線を退いている。二人の良き父親であるが、ミゼルとはかつて食生活を巡り軋轢を生じていた。


マゼルとミゼルの母:
時に優しく、時に厳しい良き母親。


マイロン市長:
立派な口髭を持つ、清廉なマイロンの市長。


ポー博士:
マイロン大学で教える博士。冷めた心と懐疑的な性格を併せ持つ、事なかれ主義者。


タルマ:
突如、マイロン市に飛来した“得知れぬ生物”。巨大なダンゴ虫の形状をしており、あらゆる物理的攻撃を寄せ付けぬ剛堅な体を持つ。名はミゼルが命名。

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  1. 2008/06/30(月) 23:33:41|
  2. 登場人物紹介
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序:鉄籠のタルマ 08/16




マゼルとミゼル、タリムとゼイラは三日ぶりに物置部屋の外の空気を吸いました。
四人がぐったりとソファーや床で寝ていたところ、市長が急に部屋へと入ってきて

「起きなさい。これから君達は、ルードン大博士の前に行く。決して失礼のないように、尋ねられたことにはきちんと応えるように、わかったな」

とぶしつけに言いました。

「ルードン大博士?」

と、みんなが思ったのも束の間、ドヤドヤと大人達が何人も現れて、四人の顔や体を濡れ布巾で拭いて綺麗にし、髪もクシで整えてくれたのでした。
四人は何日も部屋に閉じ込められていた疲労と、やっと部屋の外へ出られる開放感、それからルードン大博士への畏怖の混沌で、パレットの上に色んな色の絵の具を出し、グチャグチャとしたような心持ちになりました。

「用意はできたね、では着いてきなさい」

そう告げると市長はスタスタと廊下を歩きだし、四人はヨタヨタとその後を着いていきました。
マゼルは憔悴しているミゼルを支えるようにして、大人の歩調で進む市長にやっと着いていくように歩きました。
廊下の窓から射す太陽の光は、もう赤く西の空へ傾きかけています。
どうしたことか誰も聞こうとしないので、黙々と先を行く市長にマゼルが尋ねました。

「……あの、何でルードン大博士が僕らに?」
「……」

市長は何も答えません。
そう言えば、市長はいつもの清廉とした顔つきとは違い、どこかやつれて青ざめています。

タリムはついさっきまで、部屋を出たら自分達を閉じ込めた意地悪な大人達に、あれも言ってやろうこれも言ってやろうと疲れた頭で考えを巡らしていました。
しかし、“ルードン大博士”という言葉を聞いた途端、すっかりその心が萎縮してしまいました。
歳のわりに気丈なタリムも、先日マイロン大講堂で大博士に睨まれた恐怖心が湧き上がり、何だか変に喉が渇き、市長に歩いて着いていくだけがやっとなのでした。

そして、みんなが最も気にしていたことを、四人の中で一番憔悴しきっているミゼルが、乾いた唇で尋ねました。

「……あの、タルマは……どう」

市長は突然、スッと歩みを止めました。
後ろの四人も、それに合わせつんのめるように止まりました。
市長は顔を半分だけ後ろへ向けて、四人に言いました。

「……タルマ。あの得知れぬ生物のことだね。その件で、ルードン大博士から君達に話があるそうだ」

みんなの胸がドクンと鳴りました。

○マイロン中央会議所・応接室

「――と、いうわけである」

子供ら四人は立ったまま、ソファーに座って話すルードン大博士のお話に聞き入りました。
ルードン大博士のお話とはこうでした。

あれから、大人達は必死になってタルマを殺そうとしました。
しかし結局、どんな手段を用いても、タルマを殺すことは出来きませんでした。
タルマには、火も水も毒薬も、刃物も鈍器も、全く効き目がなかったのです。
困ったマイロンの大人達は、ついにはルードン大博士に助けを求めましたが、そのルードン大博士を持ってしてもタルマの正体は定かではなく、今に至るまでタルマは全くの無傷なのでした。

「……全く、奇体な生物だ。不可解極まりない」

あのルードン大博士が、半ば諦めたような表情で呟きました。

ミゼルは、ひとまずタルマが無事だとわかると、心から安堵しました。
マゼルとゼイラはふんふんとルードン大博士の言うことを素直に受けとめていましたが、タリムだけは、“大人達がルードン大博士に助けを求めた”の部分だけは嘘だと確信していました。
マイロンの大人達はあの夜、ルードン大博士にだけはタルマのことを知られまいと必死に画策していたのです。
それだのに、自ら救いを乞うようなことをするはずがありません。
きっとまた、かの恐ろしいルードン大博士の千里眼によってその謀が暴かれたに違いない!

そんなことをタリムはモヤモヤと考えていたのですが、ルードン大博士はこの部屋でタリムと顔を合わしてから、タリムに何も言いません。
ここにいる子供の一人が、数日前、マイロン大講堂で大胆にも講義に水を指した生徒だということを、ルードン大博士は認識しているのでしょうか。
いや、普通に考えて、認識していないはずはありません。
タリムは今、恐ろしさで迂闊に口も開けない状況に陥っているのでした。

「そこで――」

ルードン大博士はゆっくりと続けました。

「あの得知れぬ生物を完璧に屠り去る為、君達に協力を願いたい」

ミゼルが、ピクリと反応しました。
ミゼルと手を繋いでいたマゼルは敏感にそれを察知し、慌ててミゼルに言い聞かせました。

「落ち着け、落ち着くんだ、ミゼル。心を乱しちゃいけない」
「う〜、う〜」

ミゼルはまた目に沢山の涙をためて、ブルブルと震えだしました。
その瞳はまっすぐルードン大博士を見据えています。
脇に立っていた市長が、ルードン大博士にすばやく耳打ちをしました。

「ルードン大博士。あの子は特別、神経が細やかな子なのです。あまり過激なお話は……」
「かまわん。私は今、マルゲリタ全体に関わる重大な話をしておる。個々の子供の感性など、知ったことではない」
「……」

ルードン大博士の氷のような返答に、市長は閉口しました。

「でも、殺してしまうなんてあんまりです。あんまり可哀想です」

ゼイラが突然、声を上げました。
ゼイラは体が大きく力の強い子供でしたが、心も人一倍、強く優しい男子なのです。
ルードン大博士はやれやれと肩をすくめると一転、とても優しい口調になり言いました。

「よく聞きなさい。諸君はあの得知れぬ生物の第一発見者だそうだね。何でも“タルマ”などど名前を付けて愛玩していたのだとか。まぁ、その“タルマ”に感情を寄せるのは分からぬでもない。せっかく拾った、変わった形の生き物だからな。しかし全体、キャツはそこいらの犬や猫とは違うのだよ。そもそも、キャツは一体何を喰う?」

ルードン大博士の突然の問いかけに、子供達は戸惑ってしまいました。
タルマと出会ってからたったの小一時間で引き離されてしまったので、餌のことなど考えてもいなかったのです。
言葉の出ない四人を見て、ルードン大博士は続けました。

「各種の肉や魚、昆虫、それに野菜や木の実など、我々が思いつくものは一通り与えてはみた。しかし、キャツはそれらを一切口にしない。いや、そもそも口らしき機関が見当たらないのだがな」

口がない?子供達は驚きで目を見張りました。

「我々の常識からいくと、生物として動いているからには、何かしらエネルギーが必要となるはずだ。諸君らだって毎日、食事を取り水も飲むだろう。それはキャツもしかりのはずだ……我々の常識からいけばな。しかしキャツは、その我々の常識の外より来た生物だ。キャツの常識では、食物は口から取るものではないかもしれないし、また、マルゲリタには存在しないモノを必要としているかもしれない。ただ残念ながら、我々にはその真意を知る術がない。暫くの間は、このままでも良いかもしれない。しかし、いずれキャツが食物の問題で餓死するような事態になるやもしれん。餓死というのは、あらゆる死の方法のなかで最も辛い。出来れば、キャツを元いた場所に帰してやるのが一番だとは思うが、それこそ無理な話だろう。何せ、突然空から落ちてきたのだからな」

ルードン大博士はおもむろにソファーから腰を上げると、聖典の有り難いお言葉を述べるような身ぶり口ぶりで、四人にさらに語り掛けました。

「本来なら、キャツはここへ生きて辿り着くべきではなかった。稀に、深海に棲むグロテスクな怪魚が、死体となって海岸に打ち上げられることがあるだろう。あのように有るべきだったのだ。それが、神の悪戯、ほんの些細な気まぐれで、生きてこのマルゲリタに飛来してしまったのだ。それこそ、万に一、億に一の確率でな。結果的に、我々が優しく接することが、“タルマ”にとって長く苦痛を与えることに繋がるやもしれない。それならば、これはもともとの運命だと、速やかに葬ってやるのも手なのではないかね」

ルードン大博士のお話に、子供達は考え込んでしまいました。
確かに、タルマにとって何が本当の幸せなのか、人間には誰も分からないからです。

「うるさい!」

ミゼルが目を見開き、叫びました。
ルードン大博士に本当に噛み付くような勢いです。

「それでもタルマを殺すなんて、許せない!」
「ミゼル!」

マゼルはミゼルを落ち着かせようと、ミゼルの体をガバッと抱き寄せました。
しかし、ミゼルの剣幕は一向に収まる気配はありません。
大きな猛犬を思わせるような、物凄い力で力んでいます。
マゼルはミゼルの頭を自分の胸にうずめるようにして、強く抱きしめました。

ルードン大博士は、ミゼルの形相を全く気にかける様子も無く、続けました。

「ほほ、そうか。しかしな、キャツは今でこそ大人しくしているから良いものの、それがいつまで続くかは分からんぞ。何せ、我々はキャツのことを何も知らぬのだ。もしかして、キャツはトラやオオカミのような獰猛な生き物かもしれないし、百足や蠍のような毒を有する生き物かもしれない。今後、キャツが急に隠し持っていたキバを剥いたり、我らの頭や身体を狂わす妖しい魔術を使う可能性もある。もしそうなってからでは遅いのだ。これは人間に危害が及ぶ前に、早めに行動せねばならぬ」
「薄汚い人間なんか、死ねばいい!」
「ミゼル!」

マゼルはミゼルを抱きしめたまま、思わず叱咤しました。
それと同時に心がゾッとして、真っ暗な暗闇に足をすくわれ、落ちていくような気持ちになりました。
ここ数年、ミゼルに抱いていたモヤモヤとした雲のような違和感。
マゼルとミゼルはで双子の兄妹として、これま同じものを食べ同じものを着て、同じように生きていました。
しかし、あの鶏“ラッタ”を失った日からというもの、ミゼルは変わってしまいました。
肉や魚など、生物の体を一切食べず、身につける物も革で出来たものを嫌い、全て綿や麻製の物を使ったのでした。

それでも、お父さんやお母さんやマゼルは肉や魚のお料理は大好きだし、革のピカピカしたクツやかばんも持っています。
それらを全部やめ、捨て去ることは出来ません。
しかしこれまで、ミゼルは家族を非難したり、自分のようにしろと強要したことはありませんでした。
食事時、テーブルにはミゼル用の野菜料理と、他のみんなの肉料理が並ぶし、くつ箱にはマゼルの麻で編んだくつと、お父さんの革のくつが並んでいました。
それを、ミゼルはどう考えているのだろう。
マゼルは少しづつ大きくなるにつれ、妹のミゼルにそんな疑念を抱くようになっていたのですが、その答えがまさに今、わかったような気がしたのでした。

「なんとも過激な発言をする子じゃ。まぁよい、今のは聞かなかったことにしといてやろう」

ルードン大博士は意外にも優しい口調で語ると、傍らに立っていた白装束のお付の人に向かい命じました。

「その子は不要だ、隔離せい」
「はっ」

そのお付の人はつかつかと二人に歩み寄って来ると、マゼルの腕からミゼルえを取り上げ、ひょいと肩に担ぎ上げてしまいました。

「はなせ、馬鹿、はなせ!」

ミゼルはかかえ上げられながらおもいきり手足をじたばたさせましたが、お付の人はそんなのはものともせず、部屋からさっさと出て行ってしまいました。

「泥棒!ミゼル、ミゼル!」
「安心せい、悪いようにはせん。また少し、元の部屋に戻るだけだ」

マゼルはあっという間の出来事に狼狽しましたが、ルードン大博士の一言にたしなめられてしまいました。
この悶着の合間を見計らい、タリムがようやくルードン大博士に対して口を開きました。

「それで……僕たちは何を協力すればよいのでしょう」
「ああ、そうだったな」

ルードン大博士は残った三人の方へ向き直ると、改まった様子で言いました。

「キャツを葬り去る大事な役目を、諸君ら三人に委ねたいと思う」
「!?」

マゼル、タリム、ゼイラの三人は思わず目を丸くしました。
これまで、大人達があらゆる手段でタリムを殺そうとしたのに叶わなかったのです。
自分たち子供に、一体に何が出来るというのでしょう。

「まぁ驚くな。手段自体はいたって簡単だ」
「い、一体どうやって……」
「その方法は後ほど伝える。ダドック市にある、私の研究所に移ってからな」
「ダドック!?」

ダドック市とは、マルゲリタの中枢となる大都市です。
ここマイロンからは馬車で何日もかかる所です。

「ああ。すでに“タルマ”は私の研究所に移しておる。私もこれからすぐにダドックへ立つ。君達も一度家に帰ってから、身支度を整えなさい」

あまりの急なお話しに、マゼル、タリム、ゼイラの三人は顔を見合わせました。

【つづく】

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  1. 2008/06/26(木) 21:42:10|
  2. 序:鉄籠のタルマ
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序:鉄籠のタルマ 07/16




「市長、ルードン大博士がおいでです」

秘書官のその言葉に、マイロン市長は飛び上がりました。
ルードン大博士がなぜまたマイロンに?
ここ数日、ルードン大博士だけには知られまいと皆で口裏を合わせてやってきたのに、どこからか“得知れぬ生物”の噂を聞きつけてきたのでしょうか。
それともやはり、ルードン大博士ならではの不可思議な力によって?
いやそうではなく、単に忘れ物をして、それを取りに戻っただけかもしれません。

「……わかった」

一人でアレコレ考えても仕方ありません。
市長はなるべく冷静を装うようにして、ルードン大博士の待つ部屋へ向かいました。
市長は断頭台へ上るような気持ちで、応接室の扉をノックし、中へと入りました。
勝手知ったる中央会議所の応接室の空気が、まるで蜂蜜のように淀んで感じられます。

応接室のソファーに、ルードン大博士は一人で座っていました。
ルードン大博士は市長が入ってくるなり、ギラッと光る緋い隻眼を無言でそちらに向けました。
小柄な老人とは思えぬ、恐ろしい威圧力です。
ドクンと市長の心臓は高鳴り、息が一瞬止まってしまいました。

「……こ、これはこれはルードン大博士。三日前にこちらを立たれたばかりなのに、一体どうされたのですか」

市長は胸に手を当て、引きつった顔に無理に笑顔を作り言いました。
ルードン大博士は市長から少しも視線を外さず、そのままの姿勢でゆっくりと口を開きました。

「なに、三日前の夜、マイロンの森に何かが落ちたと聞いてな」
「……」
「何でも星が落ちてきたと言う者もいるとか。それならなぜ、すぐに私のところに使いを寄こさぬ」
「それは、あの、ええ……」

もう駄目だ!ここは無理にでも誤魔化すべきか、それとももう洗いざらい話すべきか……。
マイロンの未来が、今の自分の言動に託されているのだと考えると、市長の頭の中は地震のようにグラグラと揺れ、腋にはぐっしょりと汗をかいたのでした。
やがて、市長の言葉は完全に詰まってしまいました。

「もうよい、その場所にすぐ案内いたせ。それとも、落下物はもうどこかに動かしてあるのか?」

これはすっかり駄目だと、市長は頭をうなだれて観念の臍を固めました。

「……はい。実はこの建物の地下の部屋に、捕らえてあります」
「……捕らえて?」

ルードン大博士の緋い隻眼が、懐疑的に光りました。

 ×      ×      ×

市長はルードン博士を伴い、中央会議所の地下への階段を降りてゆきました。
中央会議所の地下は、ごく一部の者しかその存在を知らない、いわば秘密の避難場所のような空間なのでした。
暗くて細い階段を降り切り、市長は地下室への扉を開けました。
中からオイルランプのかすかな灯りが洩れてきます。

地下室の中はソファーとテーブルが置かれ、棚には様々な重要な書類や本、瓶詰めの保存食などが雑然と詰まれておりました。
タルマの入った鉄の籠は、テーブルの上に厚手の布を被せて置いてあり、その脇のソファーには見張りのポー博士が寝転び、グアグアとイビキをかいて寝ておりました。
市長はポー博士のだらしのない寝顔にため息をつきました。

「ポー博士、ポー博士」
「んあ?」

市長の呼びかけにポー博士は目を覚まし、眠気まなこで応えました。

「ルードン大博士がおこしですぞ」
「え?……ええっ!」

ポー博士は、市長の後ろに立っている白髪の老人がルードン大博士だと分かると、思わずソファーから飛び起き、後ろの本棚に背中からぶつかりました。
厚い本が何冊も、ポー博士の頭の上にドサドサと落ちてきました。

「いたたたた!」

ルードン大博士はそんなポー博士などには目もくれず、厚手の布を掛けられた鉄籠を凝視しました。

「そこに?」
「は、そうです」
「……鉄籠?なぜに……」

市長は口で説明するより、この異形の生物を見せた方が早いであろうと、鉄籠につかつかと歩みよるとパッと布を取り去りました。
格子の中では、タルマがくるんと丸まって眠っています。

「!!!???」

その時のルードン大博士の驚きようといったらどうでしょう。
博士の長く白い髪は逆立ち、緋い隻眼はこれ以上ないほどカッと見開いたのでした。
その刹那、ルードン大博士は消えました。
いや、市長とポー博士には消えたように見えたのでした。
実際は、ルードン大博士はものすごい速さでソファーの後ろの陰に潜り込み、隠れてしまったのでした。
まるで、眠っていたところに突然悪戯をされて飛び起きた猫のようです。
ソファーの陰にうずくまり、ルードン大博士は絶叫しました。

「はっ、早く布を被せろ。早く!」
「は、はい!」

ルードン大博士の尋常でない様子に驚いた市長は、慌ててまた布を鉄籠に被せました。

「被せたか?」
「はい」
「ではもっと奥、ここから見えない場所にまで動かせ」
「は、はい……」

市長とポー博士はすぐに鉄籠を二人で持ち上げ、部屋のさらに奥へと置いて戻ってきました。
ルードン大博士はまだソファーの陰でうずくまったままです。

「見えぬか?」
「え、ええ」
「……そうか」

そしてようやく、ルードン大博士は顔を上げました。

「ここではいかん、いかんいかん。すぐに上がらねば」

と、ルードン大博士は乱れた髪や服装を気にしながらブツブツと言いました。
かつてないルードン大博士の慌てふためいた様子に、市長とポー博士は顔を見合わせました。

 ×      ×      ×

階段を上がり元の応接室に移ると、市長はこれまでの出来事を包み隠さず全て、ルードン大博士に話してしまいました。

三日前の夜、マイロンのはずれの森に得知れぬ物体が落下し、その衝突音に周辺のニ十人程の人間が気付き集まったこと。
その中の四人の子供が得知れぬ物体に深く関わり、軟禁状態であること。
そしてその得知れぬ物体が、どんな手段を用いても決して破壊できぬこと。

全てを話し終わり、市長とポー博士は緊張の面持ちでソファーに腰掛けたルードン大博士を見ました。
ルードン大博士はうつむき、膝の上で手を組みながら市長の話を聞いていました。
しばらくそのままの姿勢で無言を続けた大博士は、ようやく口を開きました。
そしてその言葉は、市長とポー博士にとって大変意外なものでした。

「……そうか。しかし、お前達のやったことはまったくもって正しい。確かに、得知れぬ生物の発見をすぐさま私に知らせなかったのは悪い。とても悪い。しかし、それを差し引いても、これ以上人に知らされないよう、得知れぬ生物を秘密裏に屠り去るという考えは、まことに正しいのである」

予想外のルードン大博士の発言に、市長とポー博士は思わず「はあ」などと気の抜けた返事をしてしまいました。

「ポー君の解釈は至極道理だ。私には分かる、あれほど不吉なものはこの世にない。マルゲリタの民を不安に落としいれない為にも、これをなるべく秘密裏にし、可及的速やかに処分しなくてはいけない」
「しかし先ほども申しましたが、火も薬も毒も、奴には効きませぬ」

ポー博士が言いました。

「いかがすれば……」
「大丈夫、それにはこちらにも策がある。さて、あの得知れぬ生物を触った者を全て呼びなさい。直接、じかに触ったものだけだよ」
「じかに……」

ルードン大博士の指示に、市長とポー博士は顔を見合わせました。

「どうした、おらぬのか」
「……いることにはいるのですが」
「……その軟禁している、四人の子供達だけなのです」

そうなのです。
タルマをじかに触った人間は、マゼルとミゼル、それにタリムとゼイラの四人だけなのです。
大人達はみんなタルマを畏怖し、スコップや大挟みなどを使ったりして、誰一人、直接触れてはいないのでした。

「何と、子供とな……」

立派な白いアゴヒゲを何度も撫でながら、ルードン大博士はまた少しの間考え込みました。
やがて

「……よろしい、それはかえって都合が良いかもしれぬ」

ルードン博士の緋い隻眼が、また妖しく光りました。

【つづく】

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  1. 2008/06/06(金) 02:37:35|
  2. 序:鉄籠のタルマ
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序:鉄籠のタルマ 06/16




マゼルとミゼル、タリム、ゼイラの四人は別の部屋に連れて行かれ、外から鍵を掛けられてしまいました。
小さな窓しかないその薄暗い部屋は物置として使われているようで、大きなソファーだとか椅子だとかテーブルだとかが雑然と置いてあり、なんだかとても埃っぽいところなのでした。

ミゼルはさっきまで何時間も泣き喚き、部屋の扉を蹴ったり叩いたりしていましたが、ついには力が尽き果て、ソファーの上でスウスウと糸のような寝息を立てて眠ってしまいました。
涙の跡が薄く滲むミゼルの寝顔を眺め、マゼルはある出来事のことを思い出していました。

もう何年前のことだったでしょう、マゼルとミゼルの近所の家では、庭先で鶏を何羽も放し飼いにしておりました。
そのうちの一羽をミゼルは特に気に入っており、“ラッタ”と勝手に名付けては、駆けっこをしたり抱っこをしたりして、一緒によく遊んでいたのでした。
ところがある日、ミゼルがいつものようにラッタの好物の菜っ葉を持って会いに行くと、そこにもうラッタの姿はありませんでした。
そのお家の人に所在を尋ねても、「ラッタなんぞ知らん」というだけです。
ミゼルは自分の足でいけるだけ、そこいら中を探しまわりましたが、ラッタはどうにも行方知れずなのでした。

ミゼルはそれからしばらく、すっかりしょげて暮らしていたのですが、その出来事は突然露顕しました。
ラッタが居なくなった次の日の晩、マゼルとミゼルの家の食卓に並んだメインの皿が、実はおすそ分けで貰ったラッタの肉だったのでした。
ミゼルはそれを知るやいなや、半狂乱の気違いのようになりました。
そして何日も何日も、メソメソメソメソ泣き続けたのでした。

それ以来、ミゼルは生き物の体を食うのをパタリとやめました。
お母さんが一生懸命にこさえた料理でも何でも、そこに動物や魚が少しでも混じっているようなら、それを食すのを一切拒否したのです。
マゼルとミゼルのお父さんは漁師です。
魚を捕るのが仕事のお父さんは、そんなミゼルに内心穏やかではありません。
お魚を食べる食べないで、お父さんとミゼルの間に思い出すのも嫌なくらい散々の衝突がありました。
お父さんが罰としてご飯を一切抜きにしても、ミゼルは何日もそれに絶え、しまいには寝込んで学校を休んでしまうほどなのでした。
そして結局、折れたのはお父さんの方でした。
それからというもの、家での食事はいつもミゼルだけが肉・魚のない別の献立となったのでした。

一度ミゼルが酷い病気をした時、お父さんとお母さんが内緒で、魚の肝の薬をミゼルに飲ませたことがありました。
ミゼルは臭いですぐそれに気づき、この時もたいそう騒いだものでした。

「他の生き物の命をとってまで、私は元気になりたくない」

ミゼルは他の誰よりも繊細で、澄んだ心の持ち主なのでした。
せっかく仲良くなった不思議な生き物・タルマが殺されてしまうのは、マゼルもとても悲しいことです。
でもミゼルはそれよりももっともっと、悲しい想いをしているのだとマゼルは分かっているのでした。

そしてミゼルほどでなくとも、「どうにかしてタルマを助けてあげたい」という想いは、一緒に閉じ込められているマゼルもタリムもゼイラも同じなのでした。
今頃タルマはどんな目に遭っているのでしょう、何か酷いことをされているのではないでしょうか。
そう考えるだけで、子供らの心は悲しく明滅するのでした。

 ×      ×      ×

四人があの部屋に閉じ込められてから、三日目の朝を迎えました。
その間、ポー博士と市長をはじめ、大人達はみな大変困っておりました。
タルマを殺してしまおうと決めてはみたものの、その手立てがことごとくうまくいかないのです。

まず、力自慢の兵士が子供の背丈程もあるような大きなカナヅチで、床に置いたタルマを思い切り打ちつけました。
何度も何度もタルマに大カナヅチを振り下ろしたのですが、「ガキン!」と大きな金属音がするだけで、丸まったタルマの殻は一向にへこむ気配がありません。
また、鋭い刃のノコギリを用意して、それでエイヤっと引いてみたりもしました。
しかし、これもノコギリの刃の方が欠けるだけで、タルマの体はやはりびくともしません。
それから鉄の炉に入れて燃やしてみたり、火薬を仕掛けて爆破させてみたり、強い薬に一晩漬けて溶かそうとしたりもしました。
しかしどれもこれも役には立たず、終えてみるとタルマは何事もなかったかのようにまたキュルキュルと手足を伸ばして元気に動き回るのでした。

タルマを覆う白い殻は想像以上に強固なもので、大人達がどれだけ知恵を絞ってみても、結局傷一つつけることは出来ませんでした。

「……化け物だ」

市長とポー博士はつぶやきました。
“決して殺せない生き物”、そんなものが本当にこの世にいるのでしょうか。
それともやはり、こやつはマルゲリタの常識の範疇を超えた、異界よりの来訪者なのでしょうか。
この有様を見るかぎり、どうにもそう認めざるをえない気がしてきます。

大人達の万策尽き果てたその時、市長やポー博士が最も恐れていた事態が起きてしまいました。
ルードン大博士が、マイロンに再訪したのでした。

【つづく】

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テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2008/05/30(金) 01:22:53|
  2. 序:鉄籠のタルマ
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