廻るピッツァの星 -A Story of Seven Seeds-

天動説が公認されている異世界を舞台にした、オリジナル小説を綴るブログです。

序:鉄籠のタルマ 01/16 『星の講義』

○マイロン大学・講堂

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マイロン大学の講堂では、ルードン大博士の星についての講義が続いていました。

「このように、丸い世界の中心に、ここマルゲリタ大陸が存在するのである」

ルードン大博士は、教壇の上に恭しく置かれた、優勝杯にも似た立派な模型を指しました。
その模型は、中央に可愛らしい子供のお皿のようなマルゲリタ大陸があり、その上に大きさの異なる透明なガラスのボウルが幾つか、小さい順にきちんと重ねてかぶせてあるのでした。
ボウルにはそれぞれ、黄や赤や白の点が幾つも描いてあります。
これが、夜空に煌くお星様を表しているようです。

「太陽を含めすべての天体は、約一日かけてのマルゲリタの周りを回転する。天体の一つ一つは、この天球と呼ばれる透明な丸い天井に張り付いていて、この天球がグルグルと廻ることにより動いて見えるわけである」

大きな講堂を埋める生徒達のペンが、一斉にカリカリと鳴り出しました。
長机の端に仲良く並んで座っている、マゼルとミゼルの双子の兄妹も、一緒にノートに向かいました。

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「ただし、全ての天体がみな同じ天球に張り付いて動いているわけではない。諸君らもご存知であろうが、天体の中には惑星と呼ばれる、それぞれ独自の動きをするものが七つ存在する。これは一体どうしたことかと言うと、このように大きさの違う天球が幾層にも重なって、それぞれが違う速度、違う角度で廻っているからなのである。つまり、不動のマルゲリタ大陸を中心として、月、太陽、他五つの惑星が、それぞれ専用の天球に乗って回転しているのである。そして、その全ての外側に恒星の張り付いた天球があり、一日に一回転の速度で廻っているのである。この模型はやむなく半球状で作られているが、本来天球はまん丸で、マルゲリタ大陸の裏側まで覆っているものである」

ルードン大博士は自分の後ろにある黒板の方に手を伸ばし、白墨で何やら丸い図を描きはじめました。
それは、講堂の後ろの席の生徒にも見やすいように、模型の構造を大きく、分かりやすく描いたものでした。

ただ誠に奇妙なことに、ルードン大博士は後ろを少しも見ていません。
顔は前を向いたままで、右手だけを後ろに伸ばし、器用に素早く図を描くのです。
しかもその図は、まるでコンパスや定規を使って描いたように正確で、たいそう立派なものなのです。
大博士は前を向いたまま白墨を色違いのものに持ち替え、瞬く間に、鮮やかなマルゲリタ大陸と天球の全体図を黒板に浮かび上がらせたのでした。

大講堂を埋める生徒達と、その脇に並んでいる先生達は、思わずその様子に見入りました。
これが常々噂に聞いた、かのルードン大博士の至妙の技なのだな、と。

なぜ後ろも向かず、ああも見事に絵を描くことができるのか。
なぜ見もしないで、色の違う白墨に持ち替えることができるのか。
普通であれば不思議に思い、何か種や仕掛けがあるのかと勘ぐるかもしれません。
しかし相手は、あの高名なルードン大博士なのです。
マルゲリタいちの大長老で、ライラ教の大司教です。
ある人は、マルゲリタ王をも凌ぐ権力を持っていると言います。

そのゆったりとした黒い法衣、とても長く白い髪と髭、そしてその間から覗く、妖しく緋く光る隻眼……。
その独特の風貌も相俟って、ルードン大博士のすることに不思議などなく、奇跡がまるで当たり前のような人なのでした。

マゼルとミゼルの兄妹も、他の生徒と同じく自分のノートに黒板の図を写していました。
そこでふと兄のマゼルは思い立ち、ルードン大博士を見習って、自分の手元を見ずに黒板の方だけを眺め、ノートに図を描いてみました。
ようやく描き終えたと思い、マゼルがノートに目を落とすと、それは円も星もグチャグチャの、まるで小さな子供が無邪気に描いた、落書きのような散々なものなのでした。
ルードン大博士のそれとは、まるで違います。

「……」
「まあ、下手ね」

我ながら呆れているマゼルのノートを覗き込み、妹のミゼルが小声で言いました。
そんなマゼルをよそに、講義はどんどん進みます。

「――最期に、この世界の森羅万象は全て、唯一神“レン”がお創りになられたものであり、全ては“レン”の意思により動かされているのである。それがこの世の中の、絶対の真理である。このことだけはよっく覚えておくように」

ルードン大博士がそう言い終えると、まるでピタリと計ったように、講義終了の時刻を告げる鐘が鳴り響きました。

「では、私の特別講義はここまで。諸君らが心身ともに健やかであるように……」

ルードン大博士は右手の平を、そっと胸にかざしました。(これがライラ教の祈りの形なのです)
大講堂を埋める全ての生徒たちも姿勢を正し、右手を胸にかざしました。

ささやかなお祈りが済み、ルードン大博士が帰るそぶりを見せると、白い修道服を着たお付きの人が教壇に駆け寄り、手際よく模型を片付けはじめました。
生徒達はルードン大博士が講堂を出るまで、お祈りの姿勢を崩さずに待っています。

ルードン大博士が教壇を降りようとしたその時、マゼルとミゼルの隣に座っていた一人の背の高い少年が、すっくと手を挙げました。

「ルードン大博士!」

その少年・タリムは、まっすぐ博士の方見据えています。
突然のタリムの行動に、講堂内は低くどよめきました。
マゼルとミゼルも、一体タリムはどうしたのだろうと、顔を見合わせました。
しかしルードン大博士はタリムを一瞥すると、まるで何ごとも無かったかのようにまた歩みを進めました。
タリムは、また大きな声ではっきりと言いました。

「ルードン大博士、質問があります!」

今度は、講堂内はシンと静まりかえりました。
先生達は、タリムが何を言いだすのかと大変慌てている様子です。
それもそのはずで、かの偉大なルードン大博士に突然の質問など、一介の生徒が勝手にしていいはずもないのです。
あまりに恐れ多い、度の過ぎた行動なのです。

「……質疑の時間は設けておらん」

ルードン大博士はタリムには目もくれず、呟くように言いました。

「私はこれからすぐ、馬車で次の町へ向かわねばならない」
「しかし今でないと、私がまた大博士にお目にかかるのは何年も先になってしまいます」

大博士は構わず教壇を降りて講堂の出口へ歩みを進めました。
タリムはついには立ち上がり、叫びました。

「ルードン大博士、あなたの星の講義は本当なのでしょうか?」

何ということでしょう。
これには生徒も先生も博士の付き人達も、全員息を呑みました。

ルードン大博士はこうして、年中マルゲリタのあらゆる市や町を回って、子供達にこの世界の仕組みを講義しているのです。
マルゲリタを一通り回り終わると、また最初の地から講義をし直します。
その頃にはすでに前回の訪問から何年も経っていて、学校の生徒が大方入れ替わってしまっているからです。
そしてここマイロンで講義をするのも、実に十年ぶりのことなのでした。

ルードン大博士はこの仕事をもうずっと何十年も、いやもっと前から続けているのです。
マゼルとミゼルのお父さんも、そのお父さんも、そしてそのまたお父さんも、子供の時分にルードン大博士の講義を聴いていると言っています。(大博士が一体何歳なのかは、謎です)

そのルードン大博士の講義を「本当なのか」などと言うことは、大博士がこれまで何十年以上もかけて、いちいちマルゲリタ中に嘘を言い続けているということになるのです。
このあまりの発言に、タリムの学校の校長などは眩暈を起こしてドッと倒れてしまいました。
これにはさすがにかのルードン大博士も足を止め、タリムの方を振り向きました。

「何だと……」

そして、その妖しく緋く光る隻眼が、タリムを刺しました。

【つづく】

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  1. 2008/04/26(土) 15:19:18|
  2. 序:鉄籠のタルマ
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初めに。

ここはオリジナル童話『廻るピッツァの星』を綴るブログです。
不定期での掲載になると思いますが、宜しくお願い致します。

★『廻るピッツァの星』とは?

この世界は、ピッツァのように丸く平らである。
陸を囲む海は広大無辺で、怪物の跳梁する航海不能の沼地をさらに進むと、
その先は滝となり、往くもの全てを呑み込む“世界の果て”となっている。
そう、下半球状の世界の上に、我々人間は住んでいるのだ。
そして、太陽や月や星々は、この地面を中心に空を廻っている。
グルグル、グルグルと。

そんな世界観が公認されている、大陸『マルゲリタ』。
ある夜、マルゲリタの外れにある小都市マイロンに“何か”が墜落する。
流星・隕石の類であると思われたそれは、正体不明の“得知れぬ生物”であった…。

これは、“得知れぬ生物”との遭遇により激しく揺れた、
ある双子の兄妹の物語である。

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  1. 2008/04/23(水) 00:41:32|
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