
マゼルとミゼル、タリムとゼイラは三日ぶりに物置部屋の外の空気を吸いました。
四人がぐったりとソファーや床で寝ていたところ、市長が急に部屋へと入ってきて
「起きなさい。これから君達は、ルードン大博士の前に行く。決して失礼のないように、尋ねられたことにはきちんと応えるように、わかったな」
とぶしつけに言いました。
「ルードン大博士?」
と、みんなが思ったのも束の間、ドヤドヤと大人達が何人も現れて、四人の顔や体を濡れ布巾で拭いて綺麗にし、髪もクシで整えてくれたのでした。
四人は何日も部屋に閉じ込められていた疲労と、やっと部屋の外へ出られる開放感、それからルードン大博士への畏怖の混沌で、パレットの上に色んな色の絵の具を出し、グチャグチャとしたような心持ちになりました。
「用意はできたね、では着いてきなさい」
そう告げると市長はスタスタと廊下を歩きだし、四人はヨタヨタとその後を着いていきました。
マゼルは憔悴しているミゼルを支えるようにして、大人の歩調で進む市長にやっと着いていくように歩きました。
廊下の窓から射す太陽の光は、もう赤く西の空へ傾きかけています。
どうしたことか誰も聞こうとしないので、黙々と先を行く市長にマゼルが尋ねました。
「……あの、何でルードン大博士が僕らに?」
「……」
市長は何も答えません。
そう言えば、市長はいつもの清廉とした顔つきとは違い、どこかやつれて青ざめています。
タリムはついさっきまで、部屋を出たら自分達を閉じ込めた意地悪な大人達に、あれも言ってやろうこれも言ってやろうと疲れた頭で考えを巡らしていました。
しかし、“ルードン大博士”という言葉を聞いた途端、すっかりその心が萎縮してしまいました。
歳のわりに気丈なタリムも、先日マイロン大講堂で大博士に睨まれた恐怖心が湧き上がり、何だか変に喉が渇き、市長に歩いて着いていくだけがやっとなのでした。
そして、みんなが最も気にしていたことを、四人の中で一番憔悴しきっているミゼルが、乾いた唇で尋ねました。
「……あの、タルマは……どう」
市長は突然、スッと歩みを止めました。
後ろの四人も、それに合わせつんのめるように止まりました。
市長は顔を半分だけ後ろへ向けて、四人に言いました。
「……タルマ。あの得知れぬ生物のことだね。その件で、ルードン大博士から君達に話があるそうだ」
みんなの胸がドクンと鳴りました。
○マイロン中央会議所・応接室
「――と、いうわけである」
子供ら四人は立ったまま、ソファーに座って話すルードン大博士のお話に聞き入りました。
ルードン大博士のお話とはこうでした。
あれから、大人達は必死になってタルマを殺そうとしました。
しかし結局、どんな手段を用いても、タルマを殺すことは出来きませんでした。
タルマには、火も水も毒薬も、刃物も鈍器も、全く効き目がなかったのです。
困ったマイロンの大人達は、ついにはルードン大博士に助けを求めましたが、そのルードン大博士を持ってしてもタルマの正体は定かではなく、今に至るまでタルマは全くの無傷なのでした。
「……全く、奇体な生物だ。不可解極まりない」
あのルードン大博士が、半ば諦めたような表情で呟きました。
ミゼルは、ひとまずタルマが無事だとわかると、心から安堵しました。
マゼルとゼイラはふんふんとルードン大博士の言うことを素直に受けとめていましたが、タリムだけは、“大人達がルードン大博士に助けを求めた”の部分だけは嘘だと確信していました。
マイロンの大人達はあの夜、ルードン大博士にだけはタルマのことを知られまいと必死に画策していたのです。
それだのに、自ら救いを乞うようなことをするはずがありません。
きっとまた、かの恐ろしいルードン大博士の千里眼によってその謀が暴かれたに違いない!
そんなことをタリムはモヤモヤと考えていたのですが、ルードン大博士はこの部屋でタリムと顔を合わしてから、タリムに何も言いません。
ここにいる子供の一人が、数日前、マイロン大講堂で大胆にも講義に水を指した生徒だということを、ルードン大博士は認識しているのでしょうか。
いや、普通に考えて、認識していないはずはありません。
タリムは今、恐ろしさで迂闊に口も開けない状況に陥っているのでした。
「そこで――」
ルードン大博士はゆっくりと続けました。
「あの得知れぬ生物を完璧に屠り去る為、君達に協力を願いたい」
ミゼルが、ピクリと反応しました。
ミゼルと手を繋いでいたマゼルは敏感にそれを察知し、慌ててミゼルに言い聞かせました。
「落ち着け、落ち着くんだ、ミゼル。心を乱しちゃいけない」
「う〜、う〜」
ミゼルはまた目に沢山の涙をためて、ブルブルと震えだしました。
その瞳はまっすぐルードン大博士を見据えています。
脇に立っていた市長が、ルードン大博士にすばやく耳打ちをしました。
「ルードン大博士。あの子は特別、神経が細やかな子なのです。あまり過激なお話は……」
「かまわん。私は今、マルゲリタ全体に関わる重大な話をしておる。個々の子供の感性など、知ったことではない」
「……」
ルードン大博士の氷のような返答に、市長は閉口しました。
「でも、殺してしまうなんてあんまりです。あんまり可哀想です」
ゼイラが突然、声を上げました。
ゼイラは体が大きく力の強い子供でしたが、心も人一倍、強く優しい男子なのです。
ルードン大博士はやれやれと肩をすくめると一転、とても優しい口調になり言いました。
「よく聞きなさい。諸君はあの得知れぬ生物の第一発見者だそうだね。何でも“タルマ”などど名前を付けて愛玩していたのだとか。まぁ、その“タルマ”に感情を寄せるのは分からぬでもない。せっかく拾った、変わった形の生き物だからな。しかし全体、キャツはそこいらの犬や猫とは違うのだよ。そもそも、キャツは一体何を喰う?」
ルードン大博士の突然の問いかけに、子供達は戸惑ってしまいました。
タルマと出会ってからたったの小一時間で引き離されてしまったので、餌のことなど考えてもいなかったのです。
言葉の出ない四人を見て、ルードン大博士は続けました。
「各種の肉や魚、昆虫、それに野菜や木の実など、我々が思いつくものは一通り与えてはみた。しかし、キャツはそれらを一切口にしない。いや、そもそも口らしき機関が見当たらないのだがな」
口がない?子供達は驚きで目を見張りました。
「我々の常識からいくと、生物として動いているからには、何かしらエネルギーが必要となるはずだ。諸君らだって毎日、食事を取り水も飲むだろう。それはキャツもしかりのはずだ……我々の常識からいけばな。しかしキャツは、その我々の常識の外より来た生物だ。キャツの常識では、食物は口から取るものではないかもしれないし、また、マルゲリタには存在しないモノを必要としているかもしれない。ただ残念ながら、我々にはその真意を知る術がない。暫くの間は、このままでも良いかもしれない。しかし、いずれキャツが食物の問題で餓死するような事態になるやもしれん。餓死というのは、あらゆる死の方法のなかで最も辛い。出来れば、キャツを元いた場所に帰してやるのが一番だとは思うが、それこそ無理な話だろう。何せ、突然空から落ちてきたのだからな」
ルードン大博士はおもむろにソファーから腰を上げると、聖典の有り難いお言葉を述べるような身ぶり口ぶりで、四人にさらに語り掛けました。
「本来なら、キャツはここへ生きて辿り着くべきではなかった。稀に、深海に棲むグロテスクな怪魚が、死体となって海岸に打ち上げられることがあるだろう。あのように有るべきだったのだ。それが、神の悪戯、ほんの些細な気まぐれで、生きてこのマルゲリタに飛来してしまったのだ。それこそ、万に一、億に一の確率でな。結果的に、我々が優しく接することが、“タルマ”にとって長く苦痛を与えることに繋がるやもしれない。それならば、これはもともとの運命だと、速やかに葬ってやるのも手なのではないかね」
ルードン大博士のお話に、子供達は考え込んでしまいました。
確かに、タルマにとって何が本当の幸せなのか、人間には誰も分からないからです。
「うるさい!」
ミゼルが目を見開き、叫びました。
ルードン大博士に本当に噛み付くような勢いです。
「それでもタルマを殺すなんて、許せない!」
「ミゼル!」
マゼルはミゼルを落ち着かせようと、ミゼルの体をガバッと抱き寄せました。
しかし、ミゼルの剣幕は一向に収まる気配はありません。
大きな猛犬を思わせるような、物凄い力で力んでいます。
マゼルはミゼルの頭を自分の胸にうずめるようにして、強く抱きしめました。
ルードン大博士は、ミゼルの形相を全く気にかける様子も無く、続けました。
「ほほ、そうか。しかしな、キャツは今でこそ大人しくしているから良いものの、それがいつまで続くかは分からんぞ。何せ、我々はキャツのことを何も知らぬのだ。もしかして、キャツはトラやオオカミのような獰猛な生き物かもしれないし、百足や蠍のような毒を有する生き物かもしれない。今後、キャツが急に隠し持っていたキバを剥いたり、我らの頭や身体を狂わす妖しい魔術を使う可能性もある。もしそうなってからでは遅いのだ。これは人間に危害が及ぶ前に、早めに行動せねばならぬ」
「薄汚い人間なんか、死ねばいい!」
「ミゼル!」
マゼルはミゼルを抱きしめたまま、思わず叱咤しました。
それと同時に心がゾッとして、真っ暗な暗闇に足をすくわれ、落ちていくような気持ちになりました。
ここ数年、ミゼルに抱いていたモヤモヤとした雲のような違和感。
マゼルとミゼルはで双子の兄妹として、これま同じものを食べ同じものを着て、同じように生きていました。
しかし、あの鶏“ラッタ”を失った日からというもの、ミゼルは変わってしまいました。
肉や魚など、生物の体を一切食べず、身につける物も革で出来たものを嫌い、全て綿や麻製の物を使ったのでした。
それでも、お父さんやお母さんやマゼルは肉や魚のお料理は大好きだし、革のピカピカしたクツやかばんも持っています。
それらを全部やめ、捨て去ることは出来ません。
しかしこれまで、ミゼルは家族を非難したり、自分のようにしろと強要したことはありませんでした。
食事時、テーブルにはミゼル用の野菜料理と、他のみんなの肉料理が並ぶし、くつ箱にはマゼルの麻で編んだくつと、お父さんの革のくつが並んでいました。
それを、ミゼルはどう考えているのだろう。
マゼルは少しづつ大きくなるにつれ、妹のミゼルにそんな疑念を抱くようになっていたのですが、その答えがまさに今、わかったような気がしたのでした。
「なんとも過激な発言をする子じゃ。まぁよい、今のは聞かなかったことにしといてやろう」
ルードン大博士は意外にも優しい口調で語ると、傍らに立っていた白装束のお付の人に向かい命じました。
「その子は不要だ、隔離せい」
「はっ」
そのお付の人はつかつかと二人に歩み寄って来ると、マゼルの腕からミゼルえを取り上げ、ひょいと肩に担ぎ上げてしまいました。
「はなせ、馬鹿、はなせ!」
ミゼルはかかえ上げられながらおもいきり手足をじたばたさせましたが、お付の人はそんなのはものともせず、部屋からさっさと出て行ってしまいました。
「泥棒!ミゼル、ミゼル!」
「安心せい、悪いようにはせん。また少し、元の部屋に戻るだけだ」
マゼルはあっという間の出来事に狼狽しましたが、ルードン大博士の一言にたしなめられてしまいました。
この悶着の合間を見計らい、タリムがようやくルードン大博士に対して口を開きました。
「それで……僕たちは何を協力すればよいのでしょう」
「ああ、そうだったな」
ルードン大博士は残った三人の方へ向き直ると、改まった様子で言いました。
「キャツを葬り去る大事な役目を、諸君ら三人に委ねたいと思う。これは使命だ。」
「!?」
マゼル、タリム、ゼイラの三人は思わず目を丸くしました。
これまで、大人達があらゆる手段でタリムを殺そうとしたのに叶わなかったのです。
自分たち子供に、一体に何が出来るというのでしょう。
「まぁ驚くな。手段自体はいたって簡単だ」
「い、一体どうやって……」
「その方法は後ほど伝える。ダドック市にある、私の研究所に移ってからな」
「ダドック!?」
ダドック市とは、マルゲリタの中枢となる大都市です。
ここマイロンからは馬車で何日もかかる所です。
「ああ。すでに“タルマ”は私の研究所に移しておる。私もこれからすぐにダドックへ立つ。君達も一度家に帰ってから、身支度を整えなさい」
あまりの急なお話しに、マゼル、タリム、ゼイラの三人は顔を見合わせました。
【つづく】
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- 2008/06/26(木) 21:42:10|
- 序:鉄籠のタルマ
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「市長、ルードン大博士がおいでです」
秘書官のその言葉に、マイロン市長は思わず飛び上がりました。
『ルードン大博士がなぜまたマイロンに?』
ここ数日、ルードン大博士だけには知られまいと皆で口裏を合わせてやってきたのに…どこからか“得知れぬ生物”の噂を聞きつけてきたのでしょうか。
それともやはり、ルードン大博士ならではの不可思議な力によって?
いや、実はそうではなく、単に忘れ物をして、それを取りに戻っただけかもしれないではないか。
……しかし、一人でアレコレ考えても仕方ありません。
「わかった」
市長はなるべく冷静を装うようにして、ルードン大博士の待つ部屋へと向かいました。
市長はまるで断頭台へ上るような気持ちで、応接室の扉をノックし、中へと入りました。
勝手知ったる中央会議所の応接室の空気が、まるで蜂蜜のように淀んで感じられます。
応接室のソファーに、ルードン大博士は一人で座っていました。
ルードン大博士は市長が入ってくるなり、ギラッと光る緋い隻眼を無言でそちらに向けました。
小柄な老人とは思えぬ、恐ろしい威圧力です。
ドクンと市長の心臓は高鳴り、息が一瞬止まってしまいました。
「……こ、これはこれはルードン大博士。三日前にこちらを立たれたばかりなのに、一体どうされたのですか」
市長は胸に手を当て、引きつった顔に無理に笑顔を作り言いました。
ルードン大博士は市長から少しも視線を外さず、そのままの姿勢でゆっくりと口を開きました。
「なに、三日前の夜、マイロンの森に何かが落ちたと聞いてな」
「……」
「何でも星が落ちてきたと言う者もいるとか。それならなぜ、すぐに私のところに使いを寄こさぬ」
「それは、あの、ええ……」
『もう駄目だ!』
ここは無理にでも誤魔化すべきか、それとももう洗いざらい話すべきか……。
マイロンの未来が、今の自分の言動に託されているのだと考えると、市長の頭の中は地震のようにグラグラと揺れ、腋にはぐっしょりと汗をかいたのでした。
やがて、市長の言葉は完全に詰まってしまいました。
「もうよい、その場所にすぐ案内いたせ。それとも、落下物はもうどこかに動かしてあるのか?」
これはすっかり駄目だと、市長は頭をうなだれて観念の臍を固めました。
「……はい。実はこの建物の地下の部屋に、捕らえてあります」
「……捕らえて?」
ルードン大博士の緋い隻眼が、懐疑的に光りました。
× × ×
市長はルードン博士を伴い、中央会議所の地下への階段を降りてゆきました。
中央会議所の地下は、ごく一部の者しかその存在を知らない、いわば秘密の避難場所のような空間なのでした。
暗くて細い階段を降り切り、市長は地下室への扉を開けました。
中からオイルランプのかすかな灯りが洩れてきます。
地下室の中はソファーとテーブルが置かれ、棚には様々な重要な書類や本、瓶詰めの保存食などが雑然と詰まれておりました。
タルマの入った鉄の籠は、テーブルの上に厚手の布を被せて置いてあり、その脇のソファーには見張りのポー博士が寝転び、グアグアとイビキをかいて寝ておりました。
市長はポー博士のだらしのない寝顔にため息をつきました。
「ポー博士、ポー博士」
「んあ?」
市長の呼びかけにポー博士は目を覚まし、眠気まなこで応えました。
「ルードン大博士がおこしですぞ」
「え?……ええっ!」
ポー博士は、市長の後ろに立っている白髪の老人がルードン大博士だと分かると、思わずソファーから飛び起き、後ろの本棚に背中からぶつかりました。
厚い本が何冊も、ポー博士の頭の上にドサドサと落ちてきました。
「いたたたた!」
ルードン大博士はそんなポー博士などには目もくれず、厚手の布を掛けられた鉄籠を凝視しました。
「そこに?」
「は、そうです」
「……鉄籠?なぜに……」
市長は口で説明するより、この異形の生物を見せた方が早いであろうと、鉄籠につかつかと歩みよるとパッと布を取り去りました。
格子の中では、タルマがくるんと丸まって眠っています。
「!!!???」
その時のルードン大博士の驚きようといったらどうでしょう。
博士の長く白い髪は逆立ち、緋い隻眼はこれ以上ないほどカッと見開いたのでした。
その刹那、ルードン大博士は消えました。
いや、市長とポー博士には消えたように見えたのでした。
実際は、ルードン大博士はものすごい速さでソファーの後ろの陰に潜り込み、隠れてしまったのでした。
まるで、眠っていたところに突然悪戯をされて飛び起きた猫のようです。
ソファーの陰にうずくまり、ルードン大博士は絶叫しました。
「はっ、早く布を被せろ。早く!」
「は、はい!」
ルードン大博士の尋常でない様子に驚いた市長は、慌ててまた布を鉄籠に被せました。
「被せたか?」
「はい」
「ではもっと奥、ここから見えない場所にまで動かせ」
「は、はい……」
市長とポー博士はすぐに鉄籠を二人で持ち上げ、部屋のさらに奥へと置いて戻ってきました。
ルードン大博士はまだソファーの陰でうずくまったままです。
「見えぬか?」
「え、ええ」
「……そうか」
そしてようやく、ルードン大博士は顔を上げました。
「ここではいかん、いかんいかん。すぐに上がらねば」
と、ルードン大博士は乱れた髪や服装を気にしながらブツブツと言いました。
かつてないルードン大博士の慌てふためいた様子に、市長とポー博士は顔を見合わせました。
× × ×
階段を上がり元の応接室に移ると、市長はこれまでの出来事を包み隠さず全て、ルードン大博士に話してしまいました。
三日前の夜、マイロンのはずれの森に得知れぬ物体が落下し、その衝突音に周辺のニ十人程の人間が気付き集まったこと。
その中の四人の子供が得知れぬ物体に深く関わり、軟禁状態であること。
そしてその得知れぬ物体が、どんな手段を用いても決して破壊できぬこと。
全てを話し終わり、市長とポー博士は緊張の面持ちでソファーに腰掛けたルードン大博士を見ました。
ルードン大博士はうつむき、膝の上で手を組みながら市長の話を聞いていました。
しばらくそのままの姿勢で無言を続けた大博士は、ようやく口を開きました。
そしてその言葉は、市長とポー博士にとって大変意外なものでした。
「……そうか。しかし、お前達のやったことはまったくもって正しい。確かに、得知れぬ生物の発見をすぐさま私に知らせなかったのは悪い。とても悪い。しかし、それを差し引いても、これ以上人に知らされないよう、得知れぬ生物を秘密裏に屠り去るという考えは、まことに正しいのである」
予想外のルードン大博士の発言に、市長とポー博士は思わず「はあ」などと気の抜けた返事をしてしまいました。
「ポー君の解釈は至極道理だ。私には分かる、あれほど不吉なものはこの世にない。マルゲリタの民を不安に落としいれない為にも、これをなるべく秘密裏にし、可及的速やかに処分しなくてはいけない」
「しかし先ほども申しましたが、火も薬も毒も、奴には効きませぬ」
ポー博士が言いました。
「いかがすれば……」
「大丈夫、それにはこちらにも策がある。さて、あの得知れぬ生物を触った者を全て呼びなさい。直接、じかに触ったものだけだよ」
「じかに……」
ルードン大博士の指示に、市長とポー博士は顔を見合わせました。
「どうした、おらぬのか」
「……いることにはいるのですが」
「……その軟禁している、四人の子供達だけなのです」
そうなのです。
タルマをじかに触った人間は、マゼルとミゼル、それにタリムとゼイラの四人だけなのです。
大人達はみんなタルマを畏怖し、スコップや大挟みなどを使ったりして、誰一人、直接触れてはいないのでした。
「何と、子供とな……」
立派な白いアゴヒゲを何度も撫でながら、ルードン大博士はまた少しの間考え込みました。
やがて
「……よろしい、それはかえって都合が良いかもしれぬ」
ルードン博士の緋い隻眼が、また妖しく光りました。
【つづく】
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テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
- 2008/06/06(金) 02:37:35|
- 序:鉄籠のタルマ
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