廻るピッツァの星 -A Story of Seven Seeds-

天動説が公認されている異世界を舞台にした、オリジナル小説を綴るブログです。

序:鉄籠のタルマ 07/16 『ルードン大博士、再訪』




「市長、ルードン大博士がおいでです」

秘書官のその言葉に、マイロン市長は思わず飛び上がりました。

『ルードン大博士がなぜまたマイロンに?』

ここ数日、ルードン大博士だけには知られまいと皆で口裏を合わせてやってきたのに…どこからか“得知れぬ生物”の噂を聞きつけてきたのでしょうか。
それともやはり、ルードン大博士ならではの不可思議な力によって?
いや、実はそうではなく、単に忘れ物をして、それを取りに戻っただけかもしれないではないか。
……しかし、一人でアレコレ考えても仕方ありません。

「わかった」

市長はなるべく冷静を装うようにして、ルードン大博士の待つ部屋へと向かいました。
市長はまるで断頭台へ上るような気持ちで、応接室の扉をノックし、中へと入りました。
勝手知ったる中央会議所の応接室の空気が、まるで蜂蜜のように淀んで感じられます。

応接室のソファーに、ルードン大博士は一人で座っていました。
ルードン大博士は市長が入ってくるなり、ギラッと光る緋い隻眼を無言でそちらに向けました。
小柄な老人とは思えぬ、恐ろしい威圧力です。
ドクンと市長の心臓は高鳴り、息が一瞬止まってしまいました。

「……こ、これはこれはルードン大博士。三日前にこちらを立たれたばかりなのに、一体どうされたのですか」

市長は胸に手を当て、引きつった顔に無理に笑顔を作り言いました。
ルードン大博士は市長から少しも視線を外さず、そのままの姿勢でゆっくりと口を開きました。

「なに、三日前の夜、マイロンの森に何かが落ちたと聞いてな」
「……」
「何でも星が落ちてきたと言う者もいるとか。それならなぜ、すぐに私のところに使いを寄こさぬ」
「それは、あの、ええ……」

『もう駄目だ!』

ここは無理にでも誤魔化すべきか、それとももう洗いざらい話すべきか……。
マイロンの未来が、今の自分の言動に託されているのだと考えると、市長の頭の中は地震のようにグラグラと揺れ、腋にはぐっしょりと汗をかいたのでした。
やがて、市長の言葉は完全に詰まってしまいました。

「もうよい、その場所にすぐ案内いたせ。それとも、落下物はもうどこかに動かしてあるのか?」

これはすっかり駄目だと、市長は頭をうなだれて観念の臍を固めました。

「……はい。実はこの建物の地下の部屋に、捕らえてあります」
「……捕らえて?」

ルードン大博士の緋い隻眼が、懐疑的に光りました。

 ×      ×      ×

市長はルードン博士を伴い、中央会議所の地下への階段を降りてゆきました。
中央会議所の地下は、ごく一部の者しかその存在を知らない、いわば秘密の避難場所のような空間なのでした。
暗くて細い階段を降り切り、市長は地下室への扉を開けました。
中からオイルランプのかすかな灯りが洩れてきます。

地下室の中はソファーとテーブルが置かれ、棚には様々な重要な書類や本、瓶詰めの保存食などが雑然と詰まれておりました。
タルマの入った鉄の籠は、テーブルの上に厚手の布を被せて置いてあり、その脇のソファーには見張りのポー博士が寝転び、グアグアとイビキをかいて寝ておりました。
市長はポー博士のだらしのない寝顔にため息をつきました。

「ポー博士、ポー博士」
「んあ?」

市長の呼びかけにポー博士は目を覚まし、眠気まなこで応えました。

「ルードン大博士がおこしですぞ」
「え?……ええっ!」

ポー博士は、市長の後ろに立っている白髪の老人がルードン大博士だと分かると、思わずソファーから飛び起き、後ろの本棚に背中からぶつかりました。
厚い本が何冊も、ポー博士の頭の上にドサドサと落ちてきました。

「いたたたた!」

ルードン大博士はそんなポー博士などには目もくれず、厚手の布を掛けられた鉄籠を凝視しました。

「そこに?」
「は、そうです」
「……鉄籠?なぜに……」

市長は口で説明するより、この異形の生物を見せた方が早いであろうと、鉄籠につかつかと歩みよるとパッと布を取り去りました。
格子の中では、タルマがくるんと丸まって眠っています。

「!!!???」

その時のルードン大博士の驚きようといったらどうでしょう。
博士の長く白い髪は逆立ち、緋い隻眼はこれ以上ないほどカッと見開いたのでした。
その刹那、ルードン大博士は消えました。
いや、市長とポー博士には消えたように見えたのでした。
実際は、ルードン大博士はものすごい速さでソファーの後ろの陰に潜り込み、隠れてしまったのでした。
まるで、眠っていたところに突然悪戯をされて飛び起きた猫のようです。
ソファーの陰にうずくまり、ルードン大博士は絶叫しました。

「はっ、早く布を被せろ。早く!」
「は、はい!」

ルードン大博士の尋常でない様子に驚いた市長は、慌ててまた布を鉄籠に被せました。

「被せたか?」
「はい」
「ではもっと奥、ここから見えない場所にまで動かせ」
「は、はい……」

市長とポー博士はすぐに鉄籠を二人で持ち上げ、部屋のさらに奥へと置いて戻ってきました。
ルードン大博士はまだソファーの陰でうずくまったままです。

「見えぬか?」
「え、ええ」
「……そうか」

そしてようやく、ルードン大博士は顔を上げました。

「ここではいかん、いかんいかん。すぐに上がらねば」

と、ルードン大博士は乱れた髪や服装を気にしながらブツブツと言いました。
かつてないルードン大博士の慌てふためいた様子に、市長とポー博士は顔を見合わせました。

 ×      ×      ×

階段を上がり元の応接室に移ると、市長はこれまでの出来事を包み隠さず全て、ルードン大博士に話してしまいました。

三日前の夜、マイロンのはずれの森に得知れぬ物体が落下し、その衝突音に周辺のニ十人程の人間が気付き集まったこと。
その中の四人の子供が得知れぬ物体に深く関わり、軟禁状態であること。
そしてその得知れぬ物体が、どんな手段を用いても決して破壊できぬこと。

全てを話し終わり、市長とポー博士は緊張の面持ちでソファーに腰掛けたルードン大博士を見ました。
ルードン大博士はうつむき、膝の上で手を組みながら市長の話を聞いていました。
しばらくそのままの姿勢で無言を続けた大博士は、ようやく口を開きました。
そしてその言葉は、市長とポー博士にとって大変意外なものでした。

「……そうか。しかし、お前達のやったことはまったくもって正しい。確かに、得知れぬ生物の発見をすぐさま私に知らせなかったのは悪い。とても悪い。しかし、それを差し引いても、これ以上人に知らされないよう、得知れぬ生物を秘密裏に屠り去るという考えは、まことに正しいのである」

予想外のルードン大博士の発言に、市長とポー博士は思わず「はあ」などと気の抜けた返事をしてしまいました。

「ポー君の解釈は至極道理だ。私には分かる、あれほど不吉なものはこの世にない。マルゲリタの民を不安に落としいれない為にも、これをなるべく秘密裏にし、可及的速やかに処分しなくてはいけない」
「しかし先ほども申しましたが、火も薬も毒も、奴には効きませぬ」

ポー博士が言いました。

「いかがすれば……」
「大丈夫、それにはこちらにも策がある。さて、あの得知れぬ生物を触った者を全て呼びなさい。直接、じかに触ったものだけだよ」
「じかに……」

ルードン大博士の指示に、市長とポー博士は顔を見合わせました。

「どうした、おらぬのか」
「……いることにはいるのですが」
「……その軟禁している、四人の子供達だけなのです」

そうなのです。
タルマをじかに触った人間は、マゼルとミゼル、それにタリムとゼイラの四人だけなのです。
大人達はみんなタルマを畏怖し、スコップや大挟みなどを使ったりして、誰一人、直接触れてはいないのでした。

「何と、子供とな……」

立派な白いアゴヒゲを何度も撫でながら、ルードン大博士はまた少しの間考え込みました。
やがて

「……よろしい、それはかえって都合が良いかもしれぬ」

ルードン博士の緋い隻眼が、また妖しく光りました。

【つづく】

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  1. 2008/06/06(金) 02:37:35|
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